おとといのエントリがセルフわら人形な件

おとといのエントリに対するブックマークコメントを読んだ.(エントリを書いているうちに昨日からおとといに変わってしまった)

なんか院に行きたいからテーマを探すって感じ?僕の学生時代の周りの人は自分の大学がどうこうよりまず研究したいテーマがあってはじめて行き先を考えるって感じだったけど。
そうじゃない.と言おうとして,エントリを読み返して考えを整理してみた.あのエントリで想定している,具体的には「失敗した自分自身」である学生は,「テーマをしっかり持って,やりたいことがあるから進学を選んだ・・・と本人は思っているが,それはテーマと呼べるほど鍛えられていない」学生だ.当時の自分が「テーマは?」と聞かれたらおそらく答えは『人工知能ニューラルネットまたは遺伝アルゴリズム』.こんなもの単語が三つ並んでいるだけでテーマとは呼ばない.これをテーマとして鍛えなおすことをしないままで院試を迎え,修士に進学し,その結果としてM1で飛び出した.「適当に研究室を決める」というのはこの点を指していて,「自分のテーマに合った研究室選び」のために十分なテーマは持っていますか?という事について自分を例として示す予定だったのだ.しかし,肝心の自分の例を後回しにしたため,文のどこからも以上のことは読み取れない.「書いてないことを読む」どころか「書いてないことを主張する」のでは伝わるわけがなかった.「セルフわら人形論法」という単語が頭に浮かんだ.

いまだに支離滅裂な思い出話の整理も兼ねて書くと,今回のエントリは
卒論話のついでにこれから卒論を書く人へ勝手に偉そうなアドバイス(一部言語系限定) - 思索の海
「テーマを絞りなさい」という指導は論文をつまらなくする - 女教師ブログ
つまらない卒論(修論)の書き方 - 女教師ブログ
といった,研究テーマについての話を読んで,「自分の卒研や院に進んだ頃の悩みは,こういうことを意識していたら避けられたのかな」と思い出に浸っていた僕が,Hashさんのエントリを読んだり,自分のところにも院で何がしたいかよくわからない4年生がいて危なっかしいなあ,と眺めていたりしたら,ふと「これらもテーマの話に当てはまるんじゃないか?」と思ったことがきっかけだ.

自分の場合,『人工知能』というのは範囲が広すぎて,自分の興味と釣り合いが取れていないし,研究可能な問いとして成立しない.『ニューラル(以下略)』は興味ではあるが,手続きであってそれ単独で問いにはならない.自分の場合は「問いがショボい故の研究室とのミスマッチ」の例かと思う.バイオ分野については分からないのだが,Hashさんの場合は文章上では「(その研究室的には)手続きがショボい故の研究室とのミスマッチ」に見える.ドライかウェットかというのは問いにも大きくかかわっていそうだが.

とすれば,「卒論のために」と銘打ったリンク先のエントリは,研究室選びでミスマッチを起こさないためにも役に立つのではないか.だがそうすると「卒論のために」では半年遅い.ますます残り時間が少なく,論文を読むのも大変な中で『自分の興味』と『問いや手続き』を両立させ,さらにそれが可能となる研究室を選ぶには,「学会に行って研究室リサーチ」というのがその分野で立てられた問いを知ることもできるし,研究室も見つかって一挙両得ではないか?という話である.そうやってテーマがしっかり立ったらもう外へ出なくてもやっていけそうな気がするが,それでも「外へ出ろ」なのは自分が研究会の聴講をきっかけに外に出たという経験に大きく引きずられている.もちろんこれも体験談と一緒に抜け落ちたので元の文にはまったく書いてない.

蛇足だが,「院に行きたいからテーマを探す」というのはどんな場合だろう

  1. 夏までに内定が出なかったら院受ける
  2. なんとなく就職したくないから院に行く

この場合でも,研究室リサーチはミスマッチを避けるのに役に立つとは思う.が,この程度で学外まで見ろというのはさすがに大きなお世話という気がする.
ということで,「院に行きたいからテーマを探す」人に向けて書いた文ではない.誰に向かって言ってるか分からないという点でもやはりわら人形論法であった.反省.